父になって失った”ひとりの時間”を、罪悪感なく取り戻す方法
ある日、妻に「最近ちゃんと休めてる?」と聞かれて、即答できなかった。
休んでいるつもりだった。週末は家族と過ごしているし、夜は早めに寝るように心がけている。それでもふと、「自分ひとりだけの時間って、最後にいつ過ごしたんだろう」と思った瞬間、答えが出てこなかった。
父になる前は、当たり前に存在していた時間だった。仕事終わりにふらっと寄り道する30分。休日の朝にコーヒーを飲みながら何もしない1時間。本屋で目的もなく棚を眺める時間。それらが、いつの間にか生活から消えていた。
消えたことに気づいていなかったわけじゃない。気づいていたけれど、「父親なんだから仕方ない」と自分を納得させていた。
失った”ひとりの時間”は、戻していい
最初に伝えたいのは、ひとりの時間を取り戻すことは、わがままではないということだ。
父になると、時間の使い方の優先順位が大きく変わる。子どもの世話、家族の予定、仕事、家事。自分のための時間は、その全部を終えたあとの「余り」になる。でも、余りなんてほとんどの日は出ない。だから、いつまで経っても自分の時間は戻ってこない。
ここで大事なのは、「余り」を待つのをやめることだ。
ひとりの時間は、待っていても発生しない。意識して取りにいかないと、永遠に手に入らない。そしてそれは、家族を蔑ろにすることとはまったく違う。
自分が枯れた状態のまま父親をやり続けるほうが、長い目で見れば家族にとっても良くない。これは僕自身、何度も実感したことだ。
なぜ罪悪感を覚えてしまうのか
「自分の時間を取りたい」と思うだけで、なぜか罪悪感が湧いてくる。あの感覚は、いったい何なのだろう。
僕なりに整理してみると、罪悪感の正体はだいたい3つに分けられた。
1. 妻に申し訳ないという気持ち
妻だって育児や家事で疲れている。自分だけが「ひとりになりたい」と言うのは不公平な気がする。これが一番大きい罪悪感かもしれない。
2. 子どもとの時間を削っている気がする
子どもと一緒にいられる時間は限られている。「今しかない」と言われると、自分の時間を取ることが、子どもへの愛情不足のように感じてしまう。
3. 「父親らしくない」という思い込み
父親はどっしり構えて、家族を支える存在であるべき。そんなイメージに縛られて、「ひとりになりたい」と感じる自分を未熟だと責めてしまう。
これら全部、よく分かる。僕もずっと抱えてきたものだ。
でも、罪悪感を抱えたまま無理を続けても、いいことはひとつもなかった。むしろ、罪悪感を手放すための”考え方の整理”が必要だった。
罪悪感を手放すための3つの考え方
自分を満たすことは、家族のためでもある
ひとりの時間を取ったあと、自分が少しだけ機嫌よくなることに気づいた。イライラが減り、子どもの話をちゃんと聞けるようになり、妻の愚痴にも穏やかに相槌を打てる。
つまり、自分を満たすことは、結果的に家族を満たすことにもつながっていた。罪悪感を覚えるどころか、むしろ「家族のために必要な時間」だと言ってもいい。
「公平」より「お互いさま」を目指す
夫婦で完全に公平な時間配分なんて、現実的には難しい。だから僕は、「公平」じゃなくて「お互いさま」を目指すことにした。
今日は僕がひとりの時間をもらう。来週は妻がもらう。そうやって順番に回していけば、トータルで見れば公平に近づく。一日単位で公平を求めると苦しいけれど、月単位で見ると意外とバランスは取れている。
「短く・小さく」から始める
いきなり半日のひとり時間を要求すると、家族にも自分にもハードルが高い。だから、まずは30分から始める。それを少しずつ伸ばしていく。
僕は最初、土曜の朝の30分を「自分のためだけの時間」にした。それだけで、罪悪感はずいぶん軽くなった。半日まるごと欲しいわけじゃなかったんだと、自分でも気づけた。
家族との関係を壊さない伝え方
ひとりの時間を取り戻すには、妻への伝え方も大事だった。「ひとりにしてほしい」とだけ言うと、突き放したように聞こえてしまう。だから、僕がやってみて伝わりやすかった言い方を紹介したい。
「逃げる」ではなく「整える」と伝える
「疲れたから逃げたい」ではなく、「来週ちゃんと向き合えるように、少し整える時間がほしい」と伝える。同じ”ひとりの時間”でも、目的を共有するだけで受け取り方が変わる。
妻の時間も同じだけ確保する
自分だけが時間をもらおうとすると、不公平感が生まれる。だから、「来週は君も同じだけ取ってね」とセットで提案する。お互いの時間を尊重し合う関係になると、罪悪感はぐっと減る。
戻る時間を約束する
何時に帰る、何時から家事を再開する、という具体的な約束をする。終わりが見えていると、送り出す側も安心できる。「ちょっと出かけてくる」だけだと、いつ戻るか分からず妻を不安にさせてしまう。
ひとりの時間で、何をするか
取り戻したひとりの時間で、何か特別なことをする必要はない。むしろ、何もしない方がいいくらいだ。
僕の場合は、こんな過ごし方をしている。
- 近所のカフェでコーヒーを一杯飲む
- 本屋で目的もなく棚を眺める
- 自転車で当てもなく走る
- 公園のベンチで空を見る
- 家族と離れた場所で、ただぼーっとする
どれも、生産性のない時間だ。でも、これが効く。何かを成し遂げるためのひとり時間ではなく、「自分に戻るためのひとり時間」だから。
スマホを開いてSNSを眺めるのとは違う。誰かの情報を消費するのではなく、自分の内側に意識を戻す時間。それが、父になって失ったものの正体だった気がする。
まとめ:ひとりの時間は、家族のためにも必要だった
父になってひとりの時間を失うのは、当たり前のことかもしれない。でも、失ったままでいる必要はない。
ひとりの時間を取り戻すことは、わがままじゃない。家族を大切にし続けるために、必要な時間だ。罪悪感を抱える代わりに、伝え方を工夫して、短い時間から始めてみてほしい。
30分でいい。週に一度でいい。その小さな”自分に戻る時間”が、また家族の前で笑えるパパに戻してくれる。
父であることと、自分であること。そのふたつは、両立していい。
